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  • 執筆者の写真源入康生

6/25稽古


 今日は和心会本部から若手のN原さん、かわち永和教室一般部からN田さんが、少年部の

指導手伝いに来てくれました。

【こども合気道】

 本日も指導員の多い、恵まれた環境の中での稽古。

手伝いに来てくれたN原さん・N田さんが頑張って子供達を看てくれている。

 最近、少年部を指導する際に、気になることがある。

合気道には基本の打ち方として、正面・横面・突きがある。が、この打ち方を用いて、相手を打ち倒す・やっつける、といった考えのもとで稽古をしない。

 あくまで、基本技などを稽古するための打ち方である。なので、基本的なこと(技を稽古する際の約束事)しか指導をしない。

 しかし、いくら約束事としての打ち方であっても、当てる気・気合いの乗っていない打ち方では、相手が反応しない。これは一般部にもいえることである。

 当てる気・気合いの乗っていない打ち方では、いくら技を上手に投げ・抑えることが出来たとしても、それは武ではなく、ダンスである。そう、道場の中でおこなう社交ダンス。

 本当に「当てろ」といってる訳ではない。しかし気の入っていない攻撃では、武道を稽古しているとはいえない。そこが武道の難しさであり、厳しさではないだろうか。

 かわち永和教室は、まだ開設したばかりの道場であるから、まずは基本の型を覚えるのが先である。しかし、気持ちがない攻撃では『仕手』も『受け手』も真剣味が欠けて、型を覚えるのにも時間が掛かるのではないだろうか。

 当てないように・怪我をさせないようにと思うあまりか、どうしても『間』が甘くなる。

そして、どんどん気持ちに真剣さがなくなり、不用意に相手と相対する。

その結果『事故』を起こす。

 気の抜けた攻撃は、相手に怪我をさせないようにと思う『優しさ』にはならない。

気を込めて攻撃するから、真剣さが出て、互いに怪我をせずに楽しく稽古が出来るのである。

 それが相手に対する『礼儀』であり、互いに怪我をしない為の『優しさ』であり、

『真心』といえるのではないだろうか。

『正面打ち:第一教腕抑え』

【合気道(一般部)】

 いつもの一般部稽古は、白帯のN村さんが一人と、有段者が三人である。

今回は和心会本部の若手N原さん、合気道を初めて一年の彼も稽古に参加してくれている。

 N村さんにとっては、おなじ白帯同士との初めての稽古となる。

一年後の自身の姿を彼(N原さん)に思い描いて、追いつけ・追い越せと頑張って稽古できたであろうか?

 いつもは有段者に囲まれ、ひたすらに稽古するばかりであったが、今回は身近な目標となりえる人がいたので、いつもと違った心境で稽古ができたのではないだろうか。


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